人生に後悔ってないなあ

やり直したいとも思わない

嫌だったこととかも、それがなかったら運命が変わって

今、こうじゃないかもしれない

今、嫌なこととか毎日あるけど

それを回避出来ていたとしたら

今ある、良いことすらも形を変えてしまってるかもしれないもん

それでも嫌なことって、辛いけど

そこから何かを学んで成長していきたいなー

これからもし後悔するに値することが起こっても、

今のわたしはちゃんと考えて、大事なことを決めてきたと思えるから

後悔しないと思う

これで悲しい結果が待ってる人生でも、

ああ、仕方ないなあ、他の素晴らしいことに目を向けよう

と思えると思う

今年はひとまわりもふたまわりも成長するんだ〜!

えいえいおー!

物事には必ず例外がある。

とっても大切な言葉だなって思った。

例外があるから、何事も決めつけてはいけない。

子供の頃は簡単に語れて、信じ込めて貫けた正義感が、大人になっていくほど、薄れていってしまっていた。

何も実際には体験していなくて、想像でだけ語れた頃は、綺麗な理想を並べ立てることができた。

でも、大人になって、色んな嫌な思いもして、汚い物事も知っていくと、

そうすることが難しくなってきたのだ。

しかし、わたしのパートナーはそうではなかった。

見識を広めながら社会人になって数年、未だに、子供の頃のお利口さんなわたしが口にしていた、美しいことを、口にしていた。

そうでないわたしをたしなめてくれた。

そのおかげで、気づくことができた。

例外がある以上絶対決めつけちゃいけない。

何かを、悪い意味で決めつけたら、

その例外の人はどれほどやるせない思いになるだろう。

例えば、自分の力ではどうにもならない

生まれながらのことで何かを差別されたら

どんなに傷つくだろう。

そういう人のことを考えたら、

もしくは自分がそのように決めつけられることを想像したら

何かをひとくくりにして差別することなんて、

かけらもしちゃダメだ。

猛反省。

高知県では有名な、メディアにも数々取り上げられているとゆーお菓子屋さんから、

バレンタインにお菓子をたくさん取り寄せたのです!

が!!!!

どれもこれも不味すぎました。。

フィナンシェに至ってはセブンイレブンの10分の1すらも美味しくありませんでした。。

セブンイレブンが凄いの?、

高知県のそのお菓子屋さんが下手ぴなの??

わかりませんが、

そこはあとあと見ると、手作り感溢れるホームページに

食べログで悪く書かれた評価に憤慨して言い返したり食べログ批判をし出す店主日記へのリンクが

貼られていたり

もちろんこのお菓子も四つ葉バターです!!という紹介ばかりが、お菓子紹介コーナーで連呼されているあたり

アピールポイントそこなの?感が溢れているなど

よくよく見れば地雷臭がぷんぷん。

いつもは、王道!という感じのお店が好きで

そーゆーところを選ぶのですが

今回は敢えて、知る人ぞ知る美味しいお店みたいなのを攻めてみたのです

間違えました。

これからは王道でいきます(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾

今日鬼部長に呼び止められて、仕事のミスを指摘された

わたしは常日頃からミスをしないよう気をつけていたので、それはわたしのミスではないと気づき、そう答え、その上で、これからもより気をつけます、と答えた。

鬼部長は不快感をあらわにはしなかったが、

周りのおじさんたちが感じよく笑いながら、

水平展開せな、水平展開。と言っていた

ああ仕事ってそういうことかと思った

働き出して一年目の頃、わたしの仕事のミスを、主任が鬼部長に注意されることもあったようで、

そのたび、わたしが怒られるんです、と主任に叱られたことが思い出された

今となってはわたしよりミスが多い先輩約1名のせいで、わたしにとばっちりが来て今回注意されたわけだが、

主任はこういう気持ちだったんだなあと思った

でも仕事ってそういうものなんだなあ、チームワークだから。。

特に、事務はそう見なされる立ち位置なのかも。

働く日数が増えるほど、

過去主任に怒られて嫌な気持ちになったり、

反発心を覚えていたあらゆることに、

反省の気持ちをおぼえるなあと思った

まあなんにせよ、転職する意思に変わりはないけど、最近になって、何年か前によしみに言われた、しなえは全員に好かれようとしている、でもそんなの無理だよ、っていう言葉の意味がわかった。その言葉をよく理解できたら、非常に生きやすくなりました。

んじゃ、ばいにーっ\\\\٩( 'ω' )و ////

酔った勢いで書いちゃおうの巻\\\\٩( 'ω' )و ////

お酒をたくさん飲んで

良い気分\\\\٩( 'ω' )و ////世界よ、やっほー

今日はめっちゃいい日だよう。

彼氏の同僚の男性と彼氏と3人でお食事。

わたしは、長いこと人嫌いだったし、

特に3人以上の集まりに参加することが嫌いだった

大学生になるまでは、大人数で集まるのも大好きで

おしゃべりも大好きだったのに。。

その変化の理由が今日わかった

とっても良い子のわたし、を取り繕わないといけないプレッシャーがしんどくて、

本当の私でいられなくて、

良い評価をされようと思いすぎて

息苦しかったからだ。

自分で言うのもおかしなことだけど

中学校、高校までは、無理をしなくても自然と

本当に良い子の私、だった

どこでも良い評価をされていたけど

今思えばそれは母親、祖母、叔父に作り上げられたわたしだった

無意識にだけれど、本当に心根が綺麗で曲がった事が嫌いな、

わたしの母方の血族の教育の賜物。

でも、父と母が離婚して父と住むようになると

心が広く優しく賢いけれど

良くも悪くも人間味に溢れている父の元で

わたしは変わったのだ

きっと、本当のわたしになった

自我が芽生えた

芽生えるのが遅すぎたのだけれど。

いい子ちゃん、じゃなくなったのだ

それでも、いい子ちゃんとして扱われることに慣れていて、

それを正しいことと教えられ生きてきたわたしには

今日になるまでずっと、いい子ちゃんを演じる枷がずっとはめられていた

もちろん彼氏の前、父の前などでは演じてはいなかったけれど

世間様というか他人様というか

そういったものの前では常に、はめられていたのだ

それが外れたのが今日だと感じる

彼氏の同僚はとてもざっくばらんな人だった

それでいて人として魅力的だった

とても風変わりで、そしてとても平凡な普通の人

その人はすごく自分をさらけ出してくれた

悪いところも。

そして、わたしも彼氏の悪いところをその同僚に暴露した

彼氏も、わたしの悪いところをその同僚に暴露した(具体的にいうと思想が少し右寄りとか、お会計の時もうお財布出さなくなってるとか、酔ってる時アホになりすぎて中学と中国の発音ごっちゃになって訳わからない日本語話すとか、英語ろくに出来ないとか、出会ったばかりの頃パッツンパッツンの服着てたとか、アホみたいな発言多いとことか、そういう人に隠したいこと)

それでも3人、すごく楽しくて

前よりずっと仲良くなった

わたしはその同僚のことも彼氏のことも前よりずっと好きになった

ありのままの自然な自分でいて、

友人たちと接するって

こんなに幸せだったんだと思い出した

大学生になるまでは、ごく自然にしていたことだった

だから、友達づきあいが大好きだった

ああこれだ!!!って、思い出した

今からでもいいから、この気持ちを忘れずに

お友達といっぱい遊びたいなっ。わたしらしくていいんだ、おばかんぼで良いし、ずれてていいし。。それでも、あんな風に受け止めてもらえるんだ(*>_<*)

んじゃ、ばいにーっ\\\\٩( 'ω' )و ////

道重さゆみ

モーニング娘。14が好きだった

道重さゆみが居たからである

可愛いなあ、とうっとりしながら曲を聴いたりしていたが

手放しで好きなわけではない

その理由は歌詞の内容にあまりにも共感できなかったことが大きい

例えば

「1000000回のアイラブユーよりもただ一回のキスが良い。女の子って不思議でしょう?わかる?ヘイベイビー」

という歌詞があるのだが全く共感出来ない

そんな、一夜でポイされる系女子コース真っしぐらかもしれない価値観は持ち合わせていない

そのためカラオケで歌う時などは少し恥じらいを覚えながら歌っている

ヘイベイビーとかいう歌詞も恥ずかしい

上にあげた例以外にも、

「泣いちゃうかも 泣いちゃうかも かも かも かもーっ」

とかいう歌詞もあり、お馬鹿っぽすぎて小っ恥ずかしい

それでも、それを差し引いてもそれらを歌い踊る道重さゆみは可愛いのだから凄い

わたしがカラオケで歌うと滑稽に響く歌詞も、

道重さゆみが踊るのを見ながら聴くと

その神秘的でさえある美しさの前に、気にならなくなるのだ

わたしがモーニング娘。14を好きな理由は道重さゆみの存在ただひとつだった為

彼女が引退してからはすっかり興味を失くしている

引退した時の彼女は、美しさの絶頂期だった

山口百恵のように、最高の時に引退していった

しかし最近復活してちょっと複雑である

引退があまりにも有終の美だったため

1.2年でまたひょっこり登場するというのが

なんだかなあと思ってしまう

絶頂期の姿のまま、彼女の歴史を止めていて欲しかった

物凄いエゴであるが。

わたしが彼女であるとして、そんなことを言うファンがいたら

大嫌いになるだろう

そうは分かっているのだが

残念に思ってしまうのである

愛くるしい童顔の、少し頼りなげな少女から

頼り甲斐のあるグループのリーダーとして

凛とした美しい女性に成長して、去っていった彼女の

限界を見るのがこわいのだ

やー\\\\٩( 'ω' )و ////

今日は仕事始めでした\\\\٩( 'ω' )و ////

社内の60歳のお爺さんに、「いつも素敵な服装だね。僕ね、楽しみ。見るのが。・・ドキドキする」

と言われ少し気持ちが悪かったこともあり、ユニクロのズボンと襟付きシャツで出社しました。

すると、上司に、「服装のことなんだけど。。ジャージに見える服装は、あまりよくないです。

特に今日は仕事始めだから。。ジャージじゃないのかもしれないけど、ジャージに見えるから。。」

と注意されてしまいました。

確かに、ジャージではないのだけれど、ズボンと襟付きシャツって、なんだかラフすぎるし、場をわきまえていなかったなと反省しました。

それと同時に、そのつもりがなくても、そう感じさせる時点で、罪なこともあると思いました。

例えば、不誠実なことをしていなくても、不誠実に見える時点で、相手への配慮が足りていなかったりするように思うのです。

もちろん、相手の見当違いで、濡れ衣だ〜と言う時は腹も立つものです、

相手も悪いです。

でも、そういう見当違いをされてしまうような言動や行動を取っていた、

普段の自分自身にも、問題はあると思います。

だから真摯に受け止めて反省して、

その印象を拭いされるように、尽力したいものですね\\\\٩( 'ω' )و ////やーーっ

まあ今回のことに限っては見当違いとかじゃないし一方的にわたしが悪いのですが(*´꒳`*)